kinkikidsのシングルやドラマ34作、発売放送順(1995~2006年)

ジャニーズの人気デュオ、 KinKi Kids の代表的な作品や出来事についてまとめました。

目次

90年代前半

まずは90年代から。

最初の名前は「KANZAI BOYA(カンサイボーヤ)」

 

1992年12月31日

『第43回NHK紅白歌合戦』でSMAPのバック ダンサーとして出演した時、「KANZAI BOYA(カンサイボーヤ)」として紹介された。
KinKi Kids とは意味合いは似ているけれども、言葉の響きがで正直結構違う笑
よく二人がネタにしているけれど、カンサイボーヤじゃなくて良かったと思う笑

 

家なき子2 堂本光一が出演

 

1995年4月15日 - 7月8日、日本テレビ

牧村晴海 役

堂本光一君が当時の人気ドラマ家なき子2に出演。

僕はこのドラマがきっかけで康一くんの存在を知った。
かなりセンセーショナルなドラマだったから、安達祐実さんの印象がすごく強いけど、堂本光一君という美少年もいたことが、記憶の片隅に残ってる。

 

金田一少年の事件簿放送

 

1995年7月15日 - 9月16日主演・金田一一 役

こちらは堂本剛君が主人公のドラマ。
剛くんの頭のいい役を演じる姿はめちゃくちゃかっこよかったし憧れたし、ヒロインのともさかりえさんも可愛いくって、この二人付き合えばいいのになんて、当時はニヤニヤしながら見てた。
まだ KinKi Kids として CD デビューもしていない時期に、二人とも人気ドラマのメイン級お勤めていて、当たり前のように二人の堂本君を知っていて、改めてジャニーズさんは戦略家で素晴らしい戦略作戦を立ててくるなぁと今になって思う 。

 

90年代後半

続いて90年代後半。

銀狼怪奇ファイル放送

 

(1996年1月13日 - 3月16日、日本テレビ)

銀狼怪奇ファイル 〜2つの頭脳を持つ少年〜 - 主演・不破耕助/銀狼(二役)
たしか金田一少年の事件簿の放送の後番組として堂本光一君が入れ替わりのように主演でドラマを務めるんだよね。
どちらも推理もので主人公がとても頭の良い謎を解いていくやくってことで二人とも魅力的だなと感じさせるやり方だったと思う。
しかも剛くんが金田一で金という文字が入っていて、光一くんは銀狼怪奇ファイルで銀という文字が入っていて、そこも金と銀で対比されてるなと思った。

 

若葉のころ放送

 

1996年4月12日 - 6月28日、TBS

堂本剛君と堂本光一くんが初めてダブル主演を果たした作品だった。
エバーグリーンな作品で平成が終わった今でも、見返したくなる青春の匂いがする作品。
確か主人公が生死を彷徨うような大きな事故に遭ってしまって、もう一人の主人公がすごく混乱するシーンがあって、そこの友情心とかがグッときた。

 

一気に5本のレギュラー番組開始

 

1996年10月

一気に5本も新レギュラー番組がスタート。
当時10代中盤くらいだった二人、が一気にレギュラー番組を5本もスタートするなんて、どれほど力を入れているのかが伺える。
例えば吉本興業で言えばオリエンタルラジオが、一気に冠レギュラー番組をスタートさせて全てうまくいかなくって、どん底を見たなんてエピソードを語っているけど、KinKi Kids はそんなことはなかったと思う。
KinKi Kids で言えばこの時に始まった番組のひとつが次の番組。

 

LOVE LOVEあいしてる

 

(1996年10月19日 - 2001年3月31日、フジテレビ)

KinKi Kids の二人と、フォークシンガーの吉田拓郎さん篠原ともえさんらがメインキャストで始まった、音楽バラエティ番組。
かなり異色の組み合わせで始まったと思うけど、結果的には長年語り継がれる、伝説の番組の一つとなった。
たまに放送終了後も特番をやっていて、2022年に吉田拓郎さんが引退をされるということで最、後の特番を行っていた 。
その特番も90年代に放送されていたこの番組もとても良く、最後は見ていて涙がウルッときてしまった。

 

ファーストシングル『硝子の少年』リリース

 

1997年5月29日

ジャニーズ事務所がレコード会社「ジャニーズ・エンタテイメント」を設立し、 KinKi Kids が 晴れて CD デビュー。
シングル、硝子の少年と、同時発売で出た1st アルバムが、ともにオリコンで1位を獲得、ミリオンセラー達成。
硝子の少年は178万枚のビッグヒットを記録した。

 

ジャニー喜多川さんはこのデビュー曲に関しては特に力を入れていて、候補曲の中にはジェットコースターロマンスとか後に大ヒットする曲もあったけど、デビュー曲としては違うということで、当時はお蔵入りになるほどものすごく力が入っていた。

 

24時間テレビのパーソナリティ抜擢

 

1997年8月23日 - 24日

『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のパーソナリティーを務めた。
今でこそ、デビューして間もないジャニーズグループが24時間テレビのメインをやるって恒例行事となったけど、当時はそんなこともなくて、若干10代の二人が24時間もメインパーソナリティを務めるって、ものすごい快挙だったし、きっと二人もものすごいプレッシャーと責任を感じたんじゃないかと思う。

 

愛されるより 愛したいリリース

 

1997年11月12日

日本テレビ系ドラマ『ぼくらの勇気 未満都市』主題歌

硝子の少年同様、この曲もすごく懐かしいテイストの歌謡曲っぽさがあったと思う。
リアルタイムでは僕は気づかなかったけれど、ご年配のフォーリーブスなどを聞いていた方々が、自分の娘さん息子さんと一緒になって楽しめるようにと、あえて古い 曲の雰囲気にしていたんだと思う。
少なくとも、硝子の少年の作曲を担当した山下達郎さんは、親子で楽しめるように作ったと言っていたし。

 

J-FRIENDSを結成

 

1997年12月1日

阪神・淡路大震災へのチャリティー活動としてTOKIO・V6・KinKi Kidsが合体し、J-FRIENDSを結成。
当時人気がうなぎ登りだった3組が合体するってすごい興奮する出来事だった。

 

さらにかっこいいなと思ったのは、いつまでこの活動を続けるかという時に、震災発生当時の小学校1年生の子が義務教育を終えるまで続けたいということで、そこを計算した上で活動期間を決めていたのが、かっこいいと思った。
幼い少年少女にも人気だった3組だからこそ、ちゃんと義務教育を終えるまで頑張れよっていうメッセージにも聞こえて、かっこいいと思った。

 

ジェットコースター・ロマンス発売

 

1998年4月22日

CM:ANA「'98パラダイス沖縄」キャンペーンソング

当時の ANA の CMを今もなんとなく覚えてるなあ。
懐かしい歌謡曲のテイストを取りながらも、小中学生にも響くようなオシャレさも兼ね備えていて、この両方のバランスが揃っているアップテンポな曲って時点で、よくこんな すごい曲を作るなって思った。
今までは切なくて悲しい曲調がシングル曲だったけど、この曲は突き抜けるような明るさを感じる曲で、そういう意味でも新しい KinKi Kids の側面を見た気がした。

 

全部だきしめて/青の時代 発売

 

1998年7月29日

全部だきしめては『LOVE LOVEあいしてる』テーマソング。

吉田拓郎さんのカバー曲であり、吉田拓郎さん自身このバラエティ番組のメインキャストだから、そういう意味でもふさわしい曲だったと思う。
そういえば、 KinKi Kids にギターを最初に教えたのは吉田拓郎さんだから、その教えた知識を使ってこの曲を演奏するというのも感慨深い。

 

青の時代はドラマの『青の時代』主題歌。
堂本剛くんが主演を務めているんだよね。
若葉のころもそうだけど、青春時代のエバーグリーンを感じるような作品が、この当時の KinKi Kids の作品にはすごく多い。
ドラマだけじゃなく、特に歌が永遠の青春を感じさせてくれるような、懐かしくもあり未来への広がりも感じる、青い鳥を見ているような素敵な曲だった。

 

シンデレラ・クリスマス発売

 

1998年12月9日

Happy Happy Greetingと両 a 面の CD 。
/シンデレラ・クリスマス は作詞松本隆 さんが担当。

 

Panasonic「デジカム」 の CM ソングでもあった。
シンデレラという古風なワードを使っても大人気になる、これが当時の KinKi Kids の凄さだと思う。
キラキラしたおしゃれな曲で、当時も聞いていたし、今もクリスマスシーズンになると聞き返したくなる、時代を超えた名曲だと思う。

 

やめないで,PURE発売

 

1999年2月24日
日本テレビ系ドラマ『君といた未来のために 〜I'll be back〜』主題歌

明るい曲や壮大な曲がシングル曲で続いていた中、この曲は孤独感のある曲だと思った。
サビの歌詞が、天使をやめないで、という独特なワードセンス。
当時こういう曲調の音楽はそこまで好きではなかったけれど、その歌詞のキャッチーさと、やっぱり KinKi が歌ってるって事で、結局は時間をかけて好きになったなあ。

 

フラワー発売

 

1999年5月26日 フラワー
CM:ANA「'99パラダイス沖縄」キャンペーンソング

KinKi Kids の中で、硝子の少年の次に世の中的に有名な曲って、この曲じゃないかな。
今までの曲は、歌謡曲が好きな人だったり、二人が好きな若い女性だったりが好きになりそうだなと思ったけど、この曲に関しては、小学生を始め老若男女誰でも好きになれるようなポップさを持っている。
僕自身、この曲は小学校の時音楽の授業のリコーダーの課題曲として、演奏した思い出がある。
教育の現場でもすぐに採用されるほど、分かりやすくいい曲だったと思う

 

雨のMelody/to Heart発売

 

1999年10月6日

『to Heart 〜恋して死にたい〜』エンディングテーマ

有名なタイアップが何もついていないにも関わらず、当たり前のように知ってる曲になった。
そういったことからもやっぱり当時の KinKi Kids の世の中的な影響力はハンパじゃなかったんだなぁと思う。

 

to Heart はTBS系ドラマ『to Heart 〜恋して死にたい〜』エンディングテーマ。
堂本剛くんが主演で、ボクサー役をやっていて、ヒロインは深田恭子さんだった。
剛くんももちろん若くて可愛かったけど、当時16歳だった深キョンがめちゃくちゃ可愛くてときめいた。

 

2000年代

続いて2000年代。

光一『SHOCK』で最年少座長に抜擢

 

2000年頃

『MILLENNIUM SHOCK』で帝国劇場最年少座長(当時21歳)に抜擢されたんだよね。
東山紀之さんとか、元光 GENJI の赤坂さんとか、今井翼さんとかと一緒に行ってたんだよな。
そうそうたるメンバーの中で、座長を務めたこともすごいし、それをその後何年もずっと継続し続けているてことは、本当にこういうジャンルの素質があったんだろうなあ。

 

好きになってく 愛してく/KinKiのやる気まんまんソング発売

 

2000年3月8日

好きになってく 愛してくは、フジテレビ系『LOVE LOVEあいしてる』テーマソング。
この番組は KinKi Kids の中で一番と言ってもいいくらいの代表番組で、それの主題歌になったからすごく好きになった。
全部だきしめての後のテーマソングだから、全部だきしめてとみた曲調だと思ったし、結局同じくらい好きになれた。

 

KinKiのやる気まんまんソングは、フジテレビ系アニメ『ちびまる子ちゃん』オープニングテーマ

当時、 KinKi Kids かちびまる子ちゃんの主題歌をやったのは、ちょっと意外だった。
ちびまる子ちゃんの曲って、ちょっとコミックソングっぽいポップな曲が多かったから、近畿の歌謡曲路線とはちょっと違うと思っていた。
だけど聞いてみると、この曲もかなりポップで、コミックソングっぽさもあり、 KinKi Kidsってこういう曲もやるんだなぁと思って、ちょっと びっくりした。

 

堂本光一 ポップジャムМCに

 

(2000年4月1日 - 2002年2月18日、NHK総合)

長年続いた NHK の代表音楽番組のひとつに、堂本光一さんが司会を務めることになった。
堂本光一さん自身は、そんなに自分が MC に向いているタイプ蛇ないと言っていたけど、どんどん司会者としての腕も上がっていて、こういう MC をやっても全然自然なぐらいトークが上手だったと思う。

 

初のベストアルバム発売

 

2000年5月17日

KinKi Kids のシングル曲を集める習慣のなかった人にとっては、このアルバムをきっかけに KinKi Kids の音楽を本格的に聴き始めたって人も、かなり多いと思う。
何せこれだけの大ヒット曲を数々産んでるわけだからね。
めちゃめちゃ豪華なアルバムだと思った。

 

夏の王様/もう君以外愛せない 発売

 

2000年6月21日

夏の王様はTBS系ドラマ『Summer Snow』主題歌。

Summer Snow(2000年7月7日 - 9月15日、TBS)
堂本剛くん主演でヒロインは広末涼子さんなんだよね。
ずっと広末涼子さんは透明感があるけれど、この時はちょっとおてんばな雰囲気もあって、でも透明感もすごくあって癒されたなぁ。

 

日本テレビ系ドラマ『天使が消えた街』主題歌

こちらは堂本光一くん主演のドラマの主題歌。
藤井フミヤさんが知的障害を負った人の役をやっていて、めちゃくちゃ演技が上手だと思ったし、光一くんが彼を見捨てなければならないシーンとか、すごく辛くて悲しくてそれがいいドラマだと思った。

 

ボクの背中には羽根がある 発売

 

2001年2月7日

『向井荒太の動物日記 〜愛犬ロシナンテの災難〜』主題歌

堂本剛君がすごくのほほんとした天然のキャラクターをやっていて、今までキレキレのキャラクターも多かったから、こんなのほほんとした雰囲気のドラマも出来るんだなと思って、役者の幅の広さにびっくりした。
ドラマの、のほほんとした感じとは打って変わって、この曲は何か孤独を感じる、今までの歌謡曲路線とは別の方向の切ない曲。
KinKi Kids の二人も、この曲をきっかけに、今までの曲の幅が広がったと言っていたし、まさにその通りな 曲だと思った。

 

堂本兄弟放送開始

 

2001年4月8日 - 2014年9月28日

前番組のラブラブ愛してるが終了し、新しく始まったのはこの番組。
新しく、GACKT さんや槇原敬之さん、えなりかずきさん、akb48の高橋みなみさんなどもメンバーに入り、ますます面白い番組になっていった。

 

Hey! みんな元気かい?/愛のかたまり 発売

 

2001年11月14日

Hey! みんな元気かい?は、TBS系ドラマ『ガッコの先生』主題歌。

当時松本人志さんが伝説の教師という、かなり変則的な教師役をやっていたから、そういう意味でも、堂本剛君はどういう先生をやるのか期待しながら見ていた思い出。
すごく情熱的で生徒に対して真っ直ぐで、間違っていると思ったら小学生の子相手でも土下座して謝る、そんなスタンスの先生役がかっこいいと思った。
確か教師役で、ココリコの田中直樹さんも出演していて、二人は仲がいいから、このドラマがきっかけで仲良くなった気がしている。

 

カップリングの「愛のかたまり」(作詞:剛、作曲:光一)は、好きな曲を選ぶファン投票で1位を獲得した。
森永製菓「ダース」 の CM ソングでもある。
当時 KinKi Kids の二人が作詞作曲を担当する曲は多くなかったから、愛のかたまりはそういう意味でも新鮮な曲だった。
カラオケに行くとよくこの曲を歌っていたんだけど、原曲キーだとキーが高すぎて、あんまり上手に歌えなかったな笑

 

堂本剛、ファーストソロシングル「街」発売

 

2002年5月29日

街/溺愛ロジックを発売したのはこのころ。
堂本剛 くんのシンガーソングライターとしての実力が、すごく感じられた。
この後に、どんどんシンガーソングライターとして活躍して行くわけだけど、その片鱗を感じさせる曲で、ジャニーズグループのソロ活動の中で、一番独自の才能を光らせているアーティストだと僕は思っている。

 

堂本剛の正直しんどい放送開始

 

(2002年10月9日 - 2009年9月30日、テレビ朝日)

堂本光一君はこのちょっと前に、ポップジャムでソロで番組をやっていたけれど、堂本剛君個人で番組を始めたのがこのころ。
剛くんらしい、ちょっとだるそうな番組で、あの気ままな感じが飾らない剛くんの片鱗を垣間見ることができ、眠い目をこすりながら見ていた思い出がある。

 

堂本剛、体調不良で倒れる

 

2003年5月

過換気症候群、パニック障害と闘病中であることを告白した。
堂本剛君はそこまでメンタルが強いイメージはないから、こんな第一線で普通の10代男子では味わえないような経験を良くも悪くもたくさんしてきて、嬉しいこと素晴らしいこともたくさんあっただろうけど、もしかしたらそれと同じくらい辛いことや大変なこともたくさんあったじゃないかなと思って、すごく心配になった。

 

堂本剛君 が発言していたのは、音楽が僕を救ってくれた、音楽やギターがなかったら僕はもういない、という旨の発言をしていて、改めて音楽に出会えて彼は幸せだったんだなということを強く感じ言葉だった。

 

堂本剛「WAVER」発売

 

2004年6月9日

このシングル曲の中に入っているオリジナルカラーという曲は何度もテレビの中で耳にした。
こぼした砂をかき集めるような繊細な仕草が、って歌詞が、すごく独特で彼の芸術性を表してると思った。

 

2枚目のベストアルバム発売

 

2004年12月22日

KinKi Single Selection II を発売した。

第1弾のベストアルバムほどの話題ではなかったかもしれないけど、個人的には1枚目のベストアルバムに匹敵するくらい、豪華な曲ばかりだったと思う。
当時、毎日のようにこの CD を聞いていて、デビュー当時こそ10代の女性にめちゃくちゃ人気だったと思うけど、このころは男性人気もしっかり獲得していて、カラオケに行くと僕や僕の周りの友人達もよく KinKi Kids の曲を歌っていた。

 

堂本光一、『SHOCK』で脚本・演出担当

 

2005年より

新生SHOCKがスタートすることになった。

これまではジャニーさんをはじめいろいろな大人の方が主導だったのに対し、ここからは堂本光一くん自身が、もっとストーリーを中止した作品に進化させたいという提案をした。
堂本剛くんも芸術性の高い人だけど、堂本光一くんもまた、舞台においてプロデュース能力がすごく高い人ということが、この辺りから伺えると思う。

 

堂本剛、トラジハイジ結成

 

2005年2月

TOKIO の国分太一くんと一緒に堂本剛君がトラジハイジを結成。
映画の製作と共にファンタスティポという曲をリリース。
すごくポップな曲で、当時の堂本剛くんの独特な黒髪が、めちゃくちゃかっこいいなあと思った。
僕の周りのクラスメイト達も、このころ堂本剛かっこいいかっこいいいっていう声がたくさん聞こえてきて、僕自身男だけどすごく納得した。

 

堂本剛、ENDLICHERI☆ENDLICHERI名義で活動開始

 

2006年2月1日

ここからソロ活動として別名義でなのって本格的に活動していった 。
デビュー曲のソメイヨシノは、堂本剛くんのお母さんのことを歌った歌で、気持ちが強すぎて歌うのが怖かったとインタビューで語っているほど、情熱を感じる作品。
この曲を聴いて、堂本剛君はKinKi Kids としてだけじゃなく、ソロアーティストとして本格的にファンク音楽を突き詰めていったほうが、彼の才能がより開花するんだろうなと、この曲を聴いてより強く思った。

 

番外編:2016年

ラストに、紅白出場の話を。

紅白歌合戦に初出場、硝子の少年披露

 

2016年12月31日

『第67回NHK紅白歌合戦』へ正式に初出場することが決定し、「硝子の少年」を歌った。
ジャニーズは大晦日は毎年、ジャニーズカウントダウンライブがあるから、紅白歌合戦に出場することはかなり稀だと思うけど、この時は例外的に KinKi Kids は紅白歌合戦にも出場。
確かこの時は、 KinKi Kids が CD デビューしてから20周年の年。
紅白歌合戦に満を持して出場するにはちょうどいいタイミングだったと思う。

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ハンドルネーム:童心かえる

80年代に生まれた男。

主に90年代、2000年代の平成レトロな懐かしいものを、まとめて紹介していきます。

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