【感動する話】リピート・ラブ ― 永遠の昨日を、君に ―【泣ける話・朗読】

登場人物紹介


◆ 朝倉 蓮(あさくら・れん)

  • 年齢:20歳(大学2年)

  • 性格:勘が鋭く、繊細。誰よりも他人の変化に敏感だが、それを見抜いたことを表に出さない優しさも持っている。


◆ 高梨 千景(たかなし・ちかげ)

  • 年齢:20歳(大学2年)

  • 性格:理知的で穏やか。芯は強く、誰よりも相手の心に寄り添う力がある。


◆ 管理者(観測機構)

  • 外見:10歳ほどの少女の姿

  • 性格:無感情に見えるが、観測者に対しては冷静に必要最低限の情報だけを与える存在。

 

 

「春と、最初の笑顔」

 

四月の風は、花の香りをほんの少しだけ含んでいた。

大学の並木道には、風に散った桜の花びらが舞い、地面に柔らかな模様を描いている。

陽射しはやわらかく、まるでガラス越しに差し込む光のように、輪郭をぼかして春を染めていた。

 

朝倉蓮は、その中を歩いていた。

首からぶら下げたカメラのストラップが、歩くたびに胸元で小さく揺れる。

何を撮るわけでもない。けれど彼は、こうして歩いているだけで、何かを残したくなる瞬間に出会える気がしていた。

 

木漏れ日の差す図書館前のベンチ――

その近くに、一冊の文庫本が落ちていた。

手に取ると、紙の質感は少し柔らかくて、使い込まれていることがすぐにわかった。

カバーの端はわずかに擦れていて、ページの間に細い栞が挟まっている。

 

「……誰かの忘れ物、かな。」

 

独り言のようにそうつぶやき、落とし物センターに届けるべきかと思案する。

そのとき、背後から、静かに声がかかった。

 

「それ、私のです。」

 

振り返ると、声の主が立っていた。

 

長い黒髪を後ろで束ね、白のブラウスをさらりと着こなした女性。

陽の光を透かした彼女の姿は、どこか淡く、周囲の景色に溶け込むようだった。

凛としていながら、どこか柔らかな気配をまとっている。

 

「落としてしまっていたようで……ありがとうございます。」

 

彼女は丁寧に頭を下げた。

受け取るその手は少し冷えているようで、しかしその動作はとても丁寧だった。

蓮は無意識に少し言葉を探してから、口を開く。

 

「……いえ、ちょうど届けようと思っていたところです。」

 

「そうだったんですね。ご親切に、すみません。」

 

そう言って、彼女は小さく微笑んだ。

その笑顔はどこか、ひどく懐かしいような気がした。

自分はこの人と、どこかで会ったことがあっただろうか?

そんなことを考えてしまうほどに、自然な空気だった。

 

「えっと……もしかして、文学部の方ですか?」

 

「はい。あ、もしかして……文庫本でそう思われましたか?」

 

「なんとなく、雰囲気が。あと、持たれていた本も。」

 

彼女は少し照れくさそうに、唇の端を上げた。

その仕草に、蓮はなぜか心が落ち着くのを感じた。

だが、その理由は自分でも分からない。

 

「私、文学部で二年生をやっています。高梨と申します。高梨千景です。」

 

「……朝倉です。朝倉蓮といいます。物理学部です、同じく二年です。」

 

互いに軽く会釈を交わし、ほんの短い沈黙が流れる。

その沈黙さえ、蓮にはどこか心地よく感じられた。

春の風が通り抜け、木々の枝がそっと揺れる。

 

「カメラ、お好きなんですか?」

 

ふと、千景が尋ねた。

 

「はい、まあ……趣味みたいなもので。撮っておかないと、忘れてしまいそうな気がして。」

 

「忘れてしまうのが、怖いんですか?」

 

その問いに、蓮は少し驚いた。

けれど、不思議と嫌な気はしなかった。

いや、それどころか――胸の奥を、そっと触れられたような気がした。

 

「……たぶん、そうかもしれません。」

 

素直にそう言えたのは、千景の声のトーンが、とても静かだったからだ。

問い詰めるでもなく、追いかけるでもなく。

ただ、そっとそこに置かれた言葉のように。

 

「写真って、“その瞬間”を閉じ込めるみたいですね。」

 

「はい。でも、不思議です。閉じ込めたつもりでも、何が大切だったかは、写真じゃ伝わらないこともあって……。」

 

「でも、撮ることで、自分には残るんですよね。」

 

彼女のその言葉に、蓮は思わず目を見張った。

 

「……そうですね、たしかに。」

 

そのとき、蓮の胸に、小さな違和感が宿った。

いや、違和感というにはあまりに柔らかすぎて、それはただの“既視感”にも似ていた。

 

――この人の声、前にも聞いたことがあるような。

――この風景、前にも彼女と見たような。

 

そんな感覚。

 

だが、それはすぐに春の風に流されて、輪郭を失っていった。

 

「朝倉さんは、撮るのも上手そうですね。」

 

「……ありがとうございます。でも、そんな、上手とかじゃなくて、ただ、残したいだけです。」

 

「その“残したい”って気持ち、大事だと思います。」

 

言葉は丁寧で、節度がある。

けれどどこか、それ以上にあたたかかった。

 

時間にすれば、ほんの数分だった。

けれど、蓮には、何か深いものが染み込んでくるような出会いだった。

 

「それでは、失礼します。」

 

千景は軽く会釈をして、図書館の階段を上っていく。

蓮はその背中を、しばらく見つめていた。

 

風が吹いて、彼女の髪が揺れる。

その様子が、まるで映画のワンシーンのようで――蓮は、思わずシャッターを切った。

 

――“今”を残したくなるような、そんな時間だった。

 

そして蓮は、心のどこかで小さく思った。

 

「……また、会えるといいな。」

 

それが、すべての始まりだった。

 

 

 

 

蓮は、講義帰りの階段に座っていた。

午後の陽が斜めに差し込んで、建物の影が細長くのびている。

 

バッグから取り出したノートの端には、走り書きのようなメモが散らかっていた。

ノートを開いてみたものの、手は進まず、気づけばぼんやり空を見ていた。

空気がゆるんで、あたりの音が少しだけ遠く感じる。

春特有の、そんな午後。

 

階段の下、ほんの10メートルほど先の植え込みに、誰かの姿が見えた。

白いシャツの袖が風に揺れて、ブラウンのスカートの裾がふわりと踊る。

本を抱えた細い腕が、静かにページをめくっている。

 

――高梨千景だった。

 

彼女はこちらに気づいていない。

図書館の方から歩いてきて、空いていたベンチに腰を下ろしたばかりのようだった。

 

声をかけるか迷っていると、千景のほうが先に気づいた。

 

「あ……こんにちは。」

 

少し眩しそうに目を細めながら、彼女は立ち上がって蓮に軽く頭を下げた。

蓮も反射的に立ち上がる。

 

「こんにちは。……またお会いしましたね。」

 

「はい、なんだか……昨日も図書館でしたし、すこし驚きました。」

 

「僕、ここよく通るんです。建物の影がちょうどよくて、少し休憩するのにちょうどよくて。」

 

「たしかに、風も通りますし、静かでいい場所ですね。」

 

千景はそう言って、階段の端の空いている段に視線を向けた。

 

「……少し、座ってもいいですか?」

 

「もちろんです。」

 

ふたりは間を空けて腰を下ろす。

話しかけるタイミングを測るように、互いに少しだけ沈黙する。

だが、それは不快なものではなく、心を落ち着ける余白のようでもあった。

 

「朝倉さんは、午後は講義だったんですか?」

 

「はい。専門のゼミで……出席はしたんですけど、半分は意識飛んでました。」

 

「春は、眠くなりますよね。」

 

「本当に。ぼーっとしてる間に終わってました。」

 

千景は、短く笑った。

そして、抱えていた本をそっと膝の上に置く。

その仕草が、どこか静かで、蓮は目を逸らしたくなった。

見とれていたわけではない――ただ、その静けさに、自分の心がざわつくのが分かったからだ。

 

「そういえば……昨日も本、読まれてましたよね。」

 

「あ、はい。読むのは好きなんです。……というか、読むしかしてないですね、最近は。」

 

「読むしか……?」

 

「うまく言えないですけど、人と話すの、得意じゃないんです。だから本に逃げてるところがあるのかもしれません。」

 

それは、自嘲ともとれる言葉だった。

だが、千景の声はまっすぐだった。

飾らず、弱さをそのまま見せるような話し方。

 

蓮は少しだけ考えてから言った。

 

「それ、ちょっと意外でした。」

 

「そうですか?」

 

「はい。高梨さんって、落ち着いてて、誰とでもちゃんと話せる人だと思ったので。」

 

千景は、一瞬だけ言葉に詰まったように見えた。

だが、すぐに「そう見えるようにしてるんです」と笑った。

 

「苦手だからこそ、丁寧に話すようにしてるのかもしれません。」

 

蓮は、彼女の言葉を聞きながら、自分にも似たところがあるなと思った。

 

「……僕も、人と話すとき、つい周りの空気を気にしてしまいます。

それでちょっと疲れるときがあって。」

 

「分かります。それって、うまく言えないけど……“誰にも迷惑をかけたくない”みたいな気持ちが強くないですか?」

 

蓮は目を丸くした。

その言葉は、まさに彼の内側の、深いところにあった思いそのものだったから。

 

「……なんで、分かるんですか?」

 

「なんとなく、です。」

 

それ以上は言わなかった。

ただ、千景の声のトーンには、“わかろうとしてくれている”空気があった。

 

それが、心にすっと染みてきた。

 

風が吹いて、ページが一枚だけひらりとめくれた。

千景がそれをそっと押さえた指先が、春の光を反射して、かすかに透けて見えた。

 

「……じゃあ、また偶然お会いするかもしれませんね。」

 

蓮が言うと、千景はうなずいた。

 

「きっと、また。」

 

ただそれだけだった。

でも蓮は、不思議とその言葉がしっかりと胸に残った。

 

まるで、“そうなることが決まっている”みたいな響きに思えたから。

 

 

 

 

 

春の雨が、夜のうちに降ったらしい。

朝の空気には少しだけ水の匂いが残っていて、アスファルトには濃淡のある染みが広がっていた。

桜の花びらもところどころ濡れていて、歩道の端に寄り添うように張り付いている。

 

朝倉蓮は、少し肩をすくめながら、大学の正門をくぐった。

空は雲に覆われ、空気は少しひんやりとしている。

けれどそんな空模様とは裏腹に、彼の胸の中は、ほんの少しだけ晴れやかだった。

 

高梨千景と、また話せる気がしていた。

別に約束をしたわけでも、何かを取り決めたわけでもない。

でも、“また会う”ことが自然に思えるほどの、落ち着きがそこにはあった。

 

「……おはようございます。」

 

声がして、蓮は顔を上げた。

 

建物の軒下、朝の空気に溶けるような落ち着いた佇まい――

そこにいたのは、まさにその人だった。

 

白いカーディガンに淡いグレーのスカート。

濡れた地面を避けるように、手に本を持ったまま、建物の壁にもたれている。

 

「おはようございます。……今、来たところですか?」

 

「はい。雨、思ったより長く降ってたみたいですね。」

 

「ええ。道路がまだ濡れてるから、滑らないように気をつけてくださいね。」

 

「ありがとうございます。……高梨さんも。」

 

蓮は自然と歩み寄り、隣に立つ。

ほんの短い時間でも、それが妙に心地よかった。

 

「このあと、講義ですか?」

 

「はい。文学史のゼミがあるので、少し早めに来ました。……朝倉さんは?」

 

「物理学入門の復習講義です。内容は……たぶん半分寝ると思います。」

 

千景がふっと微笑んだ。

 

「そういう日、ありますよね。」

 

蓮も少しだけ笑って、鞄を持ち直す。

視線の先、傘立ての横に、小さな紙袋が落ちていた。

 

「……あれ、落とし物かな?」

 

千景が拾い上げようと身をかがめたとき、蓮は反射的に手を伸ばした。

 

「あ、僕が……」

 

「大丈夫です。……あ。」

 

その瞬間、指先がかすかに触れ合った。

紙袋は中身が軽く、お菓子の箱か何かのようだった。

二人の手がすれ違い、その拍子に袋から何かが転がり出た。

 

小さなクッキーのパッケージが、足元で止まる。

 

「あ……すみません、私……」

 

「いえ、大丈夫です。」

 

蓮が手を伸ばして拾い上げたそのとき、

千景がさっとハンカチを差し出した。

 

「……汚れてしまっていたら、これ、使ってください。」

 

「ありがとうございます。……なんだか、すみません。」

 

「いえ、こういうの、よくあることですから。」

 

彼女の言葉は、どこか“知っている”ような、そんな響きを帯びていた。

蓮はほんの少しだけ、それに引っかかりを感じたが、すぐに流してしまった。

 

いつも通りの会話。

自然で、穏やかで、でも――何か“整いすぎている”。

 

そう感じる自分が、少し不思議だった。

 

「朝倉さんって、よく人のこと、見てますよね。」

 

「え?」

 

「この前も思ったんですけど……たとえば誰かが落としたものとか、

話してる相手の気分の変化とか。なんとなく、そういうところに気づく人だなって。」

 

蓮は驚いた顔をしたあと、わずかに視線を落とした。

 

「……あまり、得じゃない性格ですよ。」

 

「そうなんですか?」

 

「気にしすぎて、自分ばっかり疲れてること、けっこうあるので。」

 

千景は少しだけ、目を細めた。

まるで、そう言うことを、どこかで知っていたような表情で。

 

「でも、それを“悪いこと”だとは思いません。」

 

蓮は、返す言葉を探しながら、ふと首を傾けた。

 

「高梨さんは……なんでそんなふうに言えるんですか?」

 

千景は少しだけ間を置き、

それから小さく笑ってこう言った。

 

「朝倉さんが、ちゃんと人のことを大事にしてる人に見えるから……でしょうか。」

 

そうして、ふっと視線を空へ向けた。

いつの間にか、雲の切れ間から陽射しが差し始めていて、木々の葉がきらめいている。

 

「……また、こうしてお話できて、嬉しかったです。」

 

「僕も、です。」

 

そのやりとりは、穏やかで、なんでもないようで――

でも、蓮の胸の奥に、確かなものを残していた。

 

彼女といると、自分の“弱いところ”をそのままにしていられる気がする。

そんな感覚が、静かに心に根を張り始めていた。

 

蓮はその日、講義でノートを取る手を何度か止めては、

ふと“あの笑顔”を思い出していた。

 

どこかで見たことのあるような、でも思い出せない笑顔――

まるで記憶の裏側に、ずっとあったかのような、そんな感覚とともに。

 

 

 

「風がめくる言葉」

 

昼過ぎのキャンパスには、少し強めの風が吹いていた。

新緑をまとい始めた桜の枝が大きく揺れ、舗道に敷かれたベンチの背もたれが、そのたびにミシミシと音を立てる。

 

朝倉蓮は、大学の中庭に面したカフェテリアの外席にいた。

テーブルの上には開いたノートと、空になった紙カップ。

手に持ったペンは止まったまま。視線は遠く、どこか宙を彷徨っていた。

 

ぼんやりとした頭の中に、浮かんでは消えるのは――

やっぱり、高梨千景のことだった。

 

今日、偶然会えるだろうか。

いや、会えないのが普通で、会えたらただの偶然――

そんな自問を何度も繰り返していた。

 

「……ここ、失礼します。」

 

ふいにかかった声。

その声が誰のものかを確認する前に、蓮はもう知っていた。

 

「高梨さん。」

 

「こんにちは。」

 

白いカーディガンにスカート、肩には細めのトートバッグ。

少し乱れた髪を耳にかけながら、千景は静かに蓮の正面の席に座った。

 

「このあたりでよくお昼を取られるんですか?」

 

「……いえ。今日は、たまたまです。」

 

「私もです。」

 

二人の間にあるテーブルの上を、風がすり抜ける。

千景のノートのページがふわりとめくれ、彼女がそっと手で押さえた。

 

「風、強いですね。」

 

「ですね。春なのに、ちょっと冬に戻ったみたいです。」

 

それだけの会話だったが、不思議とそれで十分だった。

この人と話すと、いつもそうだった。

言葉をたくさん並べなくても、会話が成立するような、不思議な感覚。

 

「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

 

蓮が言うと、千景は少しだけ身を乗り出すように顔を傾けた。

 

「はい、どうぞ。」

 

「僕たち……どこかで会ったこと、ありますか?」

 

千景の手が、一瞬だけ止まった。

 

風の音が、妙に大きく聞こえる気がした。

 

「……いえ。たぶん、ないと思います。」

 

「ですよね。……すみません、変なこと言って。」

 

「いえ、変じゃないです。」

 

彼女の声は、いつも通り穏やかだった。

けれど、蓮にはその返事がほんの少しだけ“間延び”したように聞こえた。

 

なぜだろう。

嘘をつかれたわけじゃない。

でも、なにかが――合っていない気がした。

 

「よく“人の顔を覚えるのが得意”って言われるんです。

だから、誰かに似てるとか、そういうのじゃなくて……“知ってる”って思ってしまって。」

 

「……そういう直感って、ありますよね。」

 

千景は目を伏せて、静かに頷いた。

それは肯定でも否定でもなく、ただその場を“受け止める”ような反応だった。

 

蓮はそれ以上深くは聞かなかった。

けれど、心のどこかに引っかかりは残っていた。

 

――この人のことを、やっぱりどこかで知っている気がする。

 

「……変なことばっかり言ってすみません。疲れてるのかもしれないです。」

 

「疲れてるときって、ふだん思わないことを考えたりしますから。」

 

「はい。でも、なんか……高梨さんと話すと、落ち着くんですよね。」

 

千景の指が、ノートの角をゆっくりと撫でた。

ほんのわずかに笑みを浮かべて、彼女はこう言った。

 

「私も、そうです。」

 

言葉数は少ないのに、その一言には不思議な重みがあった。

 

そのあと、ふたりは他愛のない話を少しだけ交わした。

好きな音楽、講義の話、学食のカレーが前より辛くなったこと。

それらはすべて、“普通”の大学生同士の会話だった。

 

けれど、蓮は知っていた。

この時間が、何か特別なものの上にそっと積み重なっていることを。

 

気づいていないだけで、自分たちは何かの“途中”にいるのではないか――

そんな、根拠のない予感を胸に抱えながら。

 

「……今日は、ありがとうございました。」

 

「こちらこそ。」

 

そう言って、千景は立ち上がり、

そっと蓮に軽く会釈をして、カフェテリアをあとにした。

 

蓮はその背中をしばらく見つめていた。

春の風が、またページをめくっていく。

 

ノートの上に、彼女が残した体温が、まだそこにある気がした。

 

 

 

午後の教室は、いつもよりざわついていた。

 

講義開始五分前。

ざらついたプロジェクターの光が、教室の前方の白壁をぼんやり照らしている。

学生たちはそれぞれ、友人と話したり、スマホを見たりして気だるげに時間を過ごしていた。

 

朝倉蓮は教室の後方に座り、手元のノートをめくっていた。

この講義は、グループ発表がある日だった。

苦手なタイプの課題だ。人前に立つことにも、人に評価されることにも、あまりいい思い出がない。

 

「おい、朝倉ー、今日、お前パート言えるよな?」

 

前方の席から、グループのひとりが振り返って声をかけてきた。

教室のざわめきが重なって、周囲の視線が一瞬だけ集まる。

蓮は反射的に肩をすくめた。

 

「うん……大丈夫だと思う。」

 

そう返した声は、ほんのわずかに震えていた。

前の晩、何度も読み返した原稿。

それでも、「自分の言葉が浮いてしまうかもしれない」という不安は拭えなかった。

 

発表は、三番目。

前のグループの発表が終わると、拍手の中で入れ替えの動きが始まる。

 

「次、うちら。朝倉、前に来てくれ。」

 

蓮はノートとプリントを手に取り、前へ向かう。

壇上のスクリーンにスライドが表示される。

自分の声がこの教室に響くと思っただけで、喉の奥が乾く。

 

「それでは、始めます。グループ3、テーマは――」

 

スライドを見て、蓮は一瞬、動きを止めた。

 

――順番が、違っている。

 

昨晩送られてきた最新版の構成が反映されていない。

自分の担当部分が前倒しになっており、今話すべき内容とスライドが一致していない。

 

動揺が、一気に広がった。

視界がかすかに歪む。

言葉が、頭の中から滑り落ちていく感覚。

 

「……すみません、一度確認を……」

 

ざわ、という音が、教室の空気を震わせた。

 

焦る蓮の視界の端――

そのとき、教室の後方に見えたのは、静かに手を挙げる高梨千景の姿だった。

 

「スライドの構成、誤って表示されています。

事前に配布されたレジュメとは内容が異なっているようです。」

 

彼女の声は、落ち着いていて、はっきりしていた。

 

「私も資料を見ていますが、朝倉さんの担当は後半のページです。

たぶん、データの差し替えが反映されていないだけだと思います。」

 

その言葉が落ち着いた力をもって広がった。

教室にあった緊張が、ふっと緩んでいく。

 

「……確認します。少しお待ちください。」

 

教授が操作を変え、スライドが切り替わる。

順番が正しくなり、再び空気が整っていくのがわかった。

 

蓮は小さく息を吐き、目を伏せた。

 

誰かが――助けてくれた。

 

あの一言がなければ、自分はきっと、うまく話せなかった。

失敗した、という感覚が、自分の中に染みついて、また自信を削っていたかもしれない。

 

発表後。

蓮は足早に教室を出ようとして、廊下で立ち止まる。

 

そこに、千景がいた。

 

「……ありがとうございました。」

 

「いえ。資料を持っていたので、気づいただけです。」

 

「でも……あのタイミングで、すごいなって思いました。」

 

千景は少しだけ、目を細めた。

 

「朝倉さん、すごく焦ってたでしょう?」

 

「……はい。多分、顔に出てたと思います。」

 

「少し、そんな気がしたんです。」

 

彼女の言葉は、過不足がなく、けれど妙に的確だった。

 

「……高梨さんって、よく周りを見てますよね。」

 

「そうですか?」

 

「たぶん……僕と同じタイプなのかもって、ちょっと思いました。」

 

そう言って蓮は、ほんの少しだけ笑った。

それは、自分を少しだけ許せた笑顔だった。

 

千景も静かに微笑む。

 

「人のことをよく見てる人って、自分のことにはちょっと厳しすぎる気がします。」

 

「……それ、あるかもしれません。」

 

そんな会話のあと、ふたりはしばらく無言で歩いた。

並んで歩くにはほんの少しだけ距離があり、けれど風は穏やかだった。

 

蓮の中に、“守られていた”という感覚が残っていた。

それは誰にも言わないまま、静かに胸にしまわれていった。

 

――彼はまだ知らない。

千景の言葉が、どれほど綿密に“選ばれていた”かを。

 

 

 

 

金曜日の午後。

授業が終わったあと、蓮はキャンパス裏手の並木道を歩いていた。

風が冷たさを帯び始め、そろそろ春の終わりが近づいていることを肌で感じる。

陽の角度が少しずつ変わり、影が長く地面をなぞっていた。

 

すこし気を抜くと、ひとりになりたくなる。

いや、正確に言えば――「誰とも関わらずにすむ場所に行きたくなる」と言った方が近い。

 

蓮にとって、人との関わりは、嫌いじゃないけれど、つかれるものだった。

その「理由」を明確に説明できたことは、これまで一度もなかった。

 

けれど、今日だけは違った。

 

「……朝倉くん。」

 

歩き出した並木道の先で、千景の声が聞こえた。

 

ベンチに腰かけていた彼女が、静かに立ち上がった。

陽射しが雲の隙間から差し込み、彼女の髪を淡く照らしていた。

 

「こんにちは。……ひとりですか?」

 

「はい。ちょっと、寄り道したくて。」

 

「私も、そんな感じです。」

 

ふたりは自然と、並んで歩きはじめた。

会話は途切れがちだったが、それが逆に落ち着くような静けさをもたらしていた。

 

ふと、蓮が口を開いた。

 

「……僕、小さい頃に、親が離婚してるんです。」

 

千景は歩みを緩めたが、言葉を挟まなかった。

 

「父親についていったんですけど、仕事が忙しくて、ほとんど一緒に過ごした記憶がないんですよね。

で、結局、そのあと祖母に引き取られて育ちました。」

 

それは、蓮にとって“滅多に語らない話”だった。

けれど、千景の隣にいると、なぜか言葉が出てくる。

 

「……それ以来、たぶん“誰かに頼る”ってことが、ちょっと怖くなっちゃって。

誰かを信じると、またいつかいなくなるんじゃないかって。」

 

千景は、わずかに顔を向けたが、やはり何も言わない。

ただ、彼の歩幅に合わせて、隣を静かに歩き続けている。

 

「変ですよね、もう大人なのに。」

 

「……変じゃないと思います。」

 

ようやく発せられたその言葉は、淡く、けれど確かだった。

 

「そういう経験があるからこそ、今の朝倉くんがあるんだと思います。

誰かのことをよく見て、気を遣えて、ちゃんと距離を測れる。

それって、簡単にできることじゃないです。」

 

「……そんなふうに言ってくれる人、あまりいなかったので。

ちょっと、びっくりしてます。」

 

「でも、本当のことです。」

 

千景はそう言って、小さく微笑んだ。

 

「誰かに頼りたいと思うことがあるなら、たとえば……そうですね、少しだけ、私に頼ってみてもいいですよ。」

 

蓮はその言葉に、しばらく返事ができなかった。

 

それは、優しいのに重くなくて。

誘うでもなく、ただ“そこにいる”ことを差し出してくれるような、そんな言葉だった。

 

「……ありがとう、ございます。」

 

短く、それだけを言ったあと、蓮は歩き出した。

 

気づけば、自分でも驚くほど、背中の力が抜けていた。

 

木漏れ日が、ふたりの影をゆっくりと揺らしていた。

 

その日、蓮は何も予定のない帰り道を、少し遠回りして歩いた。

いつもより、ほんのすこしだけ、時間をかけて。

 

隣に人がいてくれることが、こんなにも自然に思えたのは――

どれくらいぶりだったろう。

 

そして千景は、彼の横顔をちらりと見つめながら、

胸の奥で、そっと確かめていた。

 

――この人を守りたい、という思いに、もう任務以上の意味があることを。

 

 

 

 

 

土曜日の午後。

空は雲ひとつない青に染まり、キャンパスの木々が静かに揺れていた。

講義もない休日の大学は、どこか別の場所のようで、人もまばらで、風の音がよく響いた。

 

朝倉蓮は、正門前の掲示板に向かって歩いていた。

週明けのゼミ発表の時間割が張り出されるという噂を聞いて、なんとなく気になっていた。

 

そのときだった。

 

「……朝倉さん。」

 

声の主は、高梨千景だった。

キャンパスの片隅、掲示板の脇に立っていた彼女は、ノートを片手に持ちながら、少し驚いたように微笑んだ。

 

「こんな日に、大学に?」

 

「はい。発表のスケジュールが張り出されるって聞いて。……高梨さんも?」

 

「ええ。同じ理由です。偶然ですね。」

 

自然と、ふたりは並んで掲示板の前に立った。

風が通り抜け、紙がはためく。

千景が片手でそれを押さえながら、小さくつぶやいた。

 

「……何か、予定より詰まってますね。」

 

「本当だ……あ、僕のグループ、初日になってる……」

 

「それは、ちょっと大変ですね。」

 

蓮が苦笑する。

 

「また寝不足になりそうです。」

 

「寝不足は、だめです。」

 

千景は真顔でそう言ってから、ふっと笑った。

その笑い方が、蓮にはやけに心地よかった。

 

しばらくそんな何気ないやりとりをしていたあと、蓮はふと千景の手元に視線を向けた。

 

「それ……手、なにかされてるんですか?」

 

「え?」

 

「今、指を……こう、指先を合わせるみたいな仕草してたような。」

 

千景は少し驚いたように目を見開いて、それから小さく微笑んだ。

 

「ああ、癖……みたいなものです。意識してるわけじゃないんですけど、たまに無意識に。」

 

「癖、ですか。」

 

「はい。意味は、ないんですけど……なんとなく、落ち着くんです。」

 

蓮はその仕草を、どこかで見たような気がした。

いや、今日が初めてのはずなのに、なぜか記憶の奥に触れるような感覚があった。

 

「……へえ。面白いですね。」

 

「朝倉さんにも、そういう癖ってありませんか? 無意識にやっちゃうこととか。」

 

「あるかな……そういえば、昔は“指切り”ってよくしてた気がします。

小さい頃。意味もわからずに、でも、安心するからって。」

 

「指切り……?」

 

「はい。なんか、してると『約束されてる』みたいで。

誰かが、ちゃんとそばにいてくれる感じがして。」

 

千景はその言葉を聞いた瞬間、わずかに表情を曇らせた。

けれど、すぐにそれを隠すように、穏やかにうなずいた。

 

「それ、いいですね。」

 

「……今でも、たまに、してしまうんです。誰かがいるわけでもないのに。」

 

千景は微かに目を伏せた。

そして、ふたりの間に静かな時間が流れた。

 

やがて、彼女は言った。

 

「……また、来週も、大学で会えますよね。」

 

「はい。もちろん。」

 

蓮の返事に、千景はにっこりと微笑んだ。

けれどその笑顔の奥に、ほんの一瞬だけ、翳りのようなものがあった。

 

その日、蓮は帰宅したあと、何を思ったのか、

自分の右手の指先を、そっと左手の指で絡めた。

 

誰も見ていない、静かな部屋の中で。

子どもの頃のように。

 

そして、ふと、呟いた。

 

「……また、会えるよな。」

 

自分でも気づいていなかった。

その仕草が、千景と交わした何気ない会話から染み込んだものだということに。

 

それが、記憶ではなく、“感覚”として彼に残り続ける“痕跡”になることにも、まだ。

 

 

 

「99回目の空の下で」

 

その部屋は、大学の一角には存在しない“場所”にあった。

 

壁も、床も、天井も――色がない。

ただ無数の曲線と光が交差する、異質な空間。

中心に浮かぶのは、円形の透明なパネル。

そこには、朝倉蓮の姿が映っていた。

今まさに彼は、いつもの通学路を歩いている。

 

そのパネルの前に立っているのが、高梨千景だった。

 

彼女の横には、もうひとり――10歳ほどの少女の姿をした者がいた。

まるで人形のように無表情で、けれどその瞳には、宇宙のような深さが宿っていた。

 

「――99回目の観測、完了ですね。」

 

少女は無機質な声で言った。

 

「想定より4.7%穏やかな感情傾向。

安定因子の保たれた範囲としては、もっとも再現性が高い一日でした。」

 

千景は答えず、ただ画面の中の蓮を見つめていた。

彼がイヤホンをつけ、風に髪を揺らしながら歩く様子。

その何気ない姿に、胸の奥が痛んだ。

 

「あと1回です。」

 

少女――管理者は言った。

 

「次が“100回目”。

最終ループ。

それ以降、この空間は閉じられます。

あなたの任務も、記録も、彼の記憶からも――消去されます。」

 

「……知っています。」

 

千景は、ほとんど聞き取れないような声で応えた。

 

「このルートで、本当に……彼の未来は守られるんですね?」

 

「現時点で確認されたすべての分岐ルートにおいて、

彼の因子暴走を抑え、感情波形を正常に保てた唯一のラインです。

ただし、1ミリ秒の狂いも許されません。

“気づかれない”ことが、絶対条件です。」

 

千景は静かに目を伏せる。

 

――99回の繰り返し。

そのすべてを、「彼の未来が壊れない」一点のために、費やしてきた。

 

ひとつ前のループ。

第98回目。

 

そのとき、彼はふとした拍子に、“ループしている”という真実に近づいてしまった。

千景が話した何気ない言葉、

「明日は、また違う日かもしれませんね」

その一言が引き金となった。

 

蓮は疑いを抱き、

彼女の行動に「意図」があると気づいてしまいかけた。

 

そのとき、彼の感情因子は――わずかに反応した。

空間構造がゆらぎ、未来線が数パーセント“崩れた”。

 

管理者は冷静に言っていた。

「この人物は、“守られている”と知ることで、

 逆に“守られていない自分”を強く想起してしまう不安定因子を持つ」と。

 

だから、千景は今日まで、

たった一度も「守っている」と言わなかった。

どれだけ彼が崩れかけても――

すべての支えを、影に隠してきた。

 

――あと1回。

 

彼が“何も知らないまま”、

それでも“安心して”前を向いてくれる、たったひとつの一日。

 

それが、明日。

 

「……今日の彼は、どうでしたか?」

 

管理者の問いに、千景はふっと微笑んだ。

その笑みは、どこか涙のように震えていた。

 

「穏やかでした。……ずっと、ああやって笑っていてほしいと思いました。」

 

「本来、観測者は“感情干渉”をしてはなりません。

 ですが……」

 

管理者の言葉が、ふと止まる。

 

「あなたの選択が、いまの彼の未来を形作っています。」

 

「ええ。わかっています。」

 

千景は、画面の蓮に向かって、そっと指先を伸ばした。

 

そこに触れたって、何も伝わらない。

触れることすら、本当はできない。

それでも、彼の笑顔が、ただそこにあってくれるだけで――

 

胸が締めつけられるようだった。

 

(――蓮くん。明日が、最後です。

 あなたはきっと知らないまま、

 “さよなら”を言わずに進んでいく。

 それでいい。あなたが生きていてくれるなら、それだけで――)

 

彼の明日を守るための、たったひとつのラストチャンス。

 

千景はもう、覚悟を決めていた。

 

 

 

「37回目の傷跡」

 

記録には残されていない。

だが、千景の中にだけ――深く、焼きついていた。

 

37回目のループ。

 

その世界線は、彼女が最も長く“戻るのをためらった”日だった。

 

朝倉蓮はその日、少し元気がなかった。

季節は梅雨の終わり。

湿った風が肌にまとわりつき、空気が重く感じられる日だった。

 

教室の片隅。

蓮はスマホを見つめたまま、動かなかった。

話しかけても、「うん」か「そうだね」としか返ってこない。

明らかに、何かを抱え込んでいた。

 

彼は誰にも言わない。

けれど千景には、わかっていた。

 

あの週、蓮の実父が再婚したというニュースが、SNS上で拡散された。

父親は地元では有名な建築士であり、地方紙の小さな記事にも取り上げられていた。

記事には、「再婚相手との新たな家族構成」についても触れられていた。

 

そこに――「蓮」の名前はなかった。

 

家族から「完全に切り離された存在」として、自分が置き去りにされた事実。

それが、彼の心を静かに、しかし確実に蝕んでいた。

 

千景は、彼の心を守るために、いつも通り接することを選んだ。

何も知らないふりで、話しかけ、寄り添い、笑ってみせた。

けれど、彼は気づいていた。

 

“高梨さんって、本当に僕のこと、見てくれてるんですか?”

 

その目が、うっすらと訴えていた。

 

――そして、あの日の夕方。

図書館の裏手、小さな中庭で、ふたりは並んでベンチに座っていた。

 

蓮が突然、ぽつりと呟いた。

 

「もし……高梨さんが、もう僕と話さなくなっても、

 僕、たぶん……平気な顔してると思います。」

 

そのときの声は、どこか空っぽで。

まるで「試すように」、その言葉は発せられた。

 

千景は返す言葉に迷った。

心の奥では、彼の不安に気づいていた。

けれど、それに真っ向から向き合えば――

感情が高ぶり、未来因子が動き出す恐れがあった。

 

だから、彼女はこう答えてしまった。

 

「……きっと、朝倉さんなら、ひとりでも大丈夫です。」

 

その一言が、すべてを変えた。

 

その瞬間、蓮の表情が凍りついた。

 

彼は、誰よりも優しい。

でもその優しさは、“誰にも迷惑をかけたくない”という恐れの裏返しだった。

「頼っていい」と言われない限り、自分からは踏み込めない。

そして「大丈夫」と言われることで、

自分はまた――“要らない存在だ”と、無意識に判断してしまう。

 

その夜、蓮の“未来因子”が不安定化した。

 

――部屋の中の空間座標が微かに歪み、

観測装置の数値が急上昇した。

 

“世界”が、一歩だけ崩れかけた。

 

管理者の指示で、千景は緊急停止を実行。

そのループは“終了不可”と判断され、強制的に記憶ごと巻き戻された。

 

あのとき彼女が言った、たった一言。

 

それが、彼にとっては“拒絶”としか映らなかった。

 

――ああ、また僕は、ひとりになるんだ。

 

その心の叫びが、未来を壊した。

 

その夜、千景は部屋の隅で一人、声を殺して泣いた。

言葉を選び間違えた自分を、何度も責めた。

 

そして、誓ったのだ。

 

二度と、彼に“見捨てられる”という感覚を与えない。

どんなときも、「大丈夫」ではなく「一緒にいる」という姿勢で接する。

彼が“必要とされている”と心から信じられるように、

そのすべてを支えてみせると。

 

以来、千景は言葉の一つ一つを選び続けた。

表情、声のトーン、歩く速ささえも。

彼の“安心”を壊さないように。

 

――けれど、あと1回。

100回目のループでは、それすらもう通用しない。

 

彼女は知っていた。

「最終日」は、“別れの日”なのだ。

それが「別れ」だと、彼に気づかれずに済ませなければならない。

 

一度でも彼が不安を感じたら――未来は、また崩れる。

 

だから彼女は、

最後の日を、

彼の人生でいちばん“穏やかで、安心できる日”にすると決めていた。

 

そして、その決意がどれほど苦しいものかを、

千景だけが、知っていた。

 

 

 

 

朝の陽射しが、いつもよりやわらかく差し込んでいた。

空はどこまでも高く澄んでいて、風は心地よく頬を撫でていく。

 

朝倉蓮は、目を覚ました瞬間に、

ふと、胸の奥に淡い違和感のようなものを覚えた。

 

寝覚めは良かった。天気もいい。

けれど、なにか――ほんのわずかに、

「今日という日が、特別になる気がした」。

 

根拠のない、直感だった。

でも、彼にはそういう勘が、よく働いた。

 

それでも、その“違和感”はすぐに霧散する。

スマホを手に取り、カレンダーを確認して、軽く伸びをする。

ごく普通の、いつもの日だ。

 

着替えて、キャンパスに向かう。

春の陽気はすでに初夏の気配を帯びていて、制服のように着慣れたシャツの袖をまくり上げると、肌に風が気持ちよかった。

 

大学に着いてすぐ、ふと見ると、彼女がいた。

 

高梨千景。

図書館前の階段に、やわらかく座っていた。

小さな紙袋を膝の上に抱えている。

 

「……あれ、高梨さん?」

 

声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げ、

そして、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「おはようございます、朝倉さん。」

 

「こんな時間から……?」

 

「少しだけ、早起きしたくなって。」

 

「へぇ……珍しいですね。何かあるんですか?」

 

千景は、ほんの一瞬だけ視線を逸らして、

それから紙袋を差し出した。

 

「よかったら、これ。一緒にどうですか?」

 

中には、手作りのクッキーと、小さなジャスミンティーのパック。

蓮は目を丸くした。

 

「えっ……すごい。ありがとうございます。」

 

「朝倉さん、甘いものあまり食べないって言ってたけど……少しだけなら。」

 

「覚えてたんですか……そんな細かいこと。」

 

「はい。……ちゃんと。」

 

その言葉が、やけに胸に残った。

 

ふたりは並んで階段に腰を下ろす。

蓮はティーパックに水を注ぎながら、ふと思う。

 

「こうやって話すの、たしかにもう……何度目ですかね。」

 

「そうですね。たぶん……ちょうど、100回目くらい。」

 

「え?」

 

「……冗談です。」

 

千景はそう言って笑った。

でも、その笑顔の奥に、何かが見えた気がした。

 

蓮は何かを言いかけて、やめた。

言葉にできない何かが、胸の中で足踏みしている。

でもそれを口に出してしまえば、何か壊れてしまいそうで。

 

千景がそっと、言った。

 

「朝倉さんは、本当に、変わりましたよね。」

 

「……そうですか?」

 

「はい。最初の頃よりも、ずっと、自然に笑えるようになって。」

 

蓮は静かにうなずいた。

それは、事実だった。

ここ数ヶ月、自分でも感じていた。

誰かと笑い合えること。

誰かに、自分の話をしてもいいと思えること。

 

――その「誰か」が、いつだって目の前にいた。

 

蓮は、ふと千景の手を見た。

指先を、無意識に押し合わせている仕草。

 

「……それ、またしてますね。」

 

「え?」

 

「指先、合わせるやつ。なんか、落ち着くって言ってましたよね。」

 

「ああ……はい。癖みたいなものです。」

 

蓮は、そっと自分の指を見下ろした。

 

そういえば、最近、自分も時々やってしまう。

指を、重ねてみる。約束の仕草。

子どもの頃に覚えた、ささやかな安心のかたち。

 

「今日、なんか……変な日ですね。」

 

「変……ですか?」

 

「うん。いい意味で。全部が、すごくうまくいく気がする。」

 

千景は、何も言わなかった。

けれど、その横顔が、風に吹かれてわずかに揺れた。

 

「……朝倉さん。」

 

「はい?」

 

「今日という日を、ありがとう。ほんとうに。」

 

蓮は笑った。

 

「いやいや、むしろ僕のほうが感謝したいくらいです。」

 

「でも、私のほうが多分、感謝してます。」

 

千景は、最後まで“強がり”を崩さなかった。

笑っていた。でも、その手は、少しだけ震えていた。

 

蓮は気づかなかった。

 

その笑顔の奥に――

“これが最後だ”という、千景の決意が宿っていたことを。

 

風が吹き抜ける。

紙袋が軽く揺れて、ジャスミンの香りがかすかに広がる。

 

それは、永遠に続きそうな午後の始まりだった。

でも、彼女にとっては、最後の午後だった。

 

彼にとっては――

ただ、“また会える”と信じていた一日

 

 

 

「また、きっと」

 

桜が、もうほとんど散っていた。

あたたかい風が、花びらの名残を巻き上げながら、中庭をゆっくりと通り抜けていく。

 

高梨千景は、ベンチに腰を下ろし、スカートの裾をそっと押さえて風の音に耳を澄ませていた。

 

その横に、朝倉蓮が自然に座った。

 

何の合図も、言葉もいらなかった。

それがふたりにとっては、いつものことだったから。

 

「春、終わりそうですね。」

 

「うん。ちょっとさみしいね。」

 

「はい。でも……また来年、咲きます。」

 

蓮はその言葉に、少しだけ顔を向けた。

千景は、変わらない笑顔を浮かべていた。

 

けれど――

その笑顔は、どこか張り詰めて見えた。

ほんの、ほんのわずかに。

 

(……ごめんね、蓮くん。

 本当は、私はもう“来年”を迎えられない。)

 

そう思いながらも、千景は微笑んだ。

それが、蓮の中に“不安”を芽生えさせないための、たった一つの術だった。

 

「今日って、なんか……落ち着いてますよね。」

 

蓮がそう言うと、千景は少し笑って頷いた。

 

「ええ。空気が澄んでる気がします。……最後の春みたいに。」

 

「え?」

 

「ふふ、冗談です。」

 

いつものように笑って、流す。

けれど、その言葉は千景自身の胸に、針のように刺さっていた。

 

(言ってしまいそうになる。

 あと少しで、“これが最後だ”って言ってしまいそうになる。

 でも、それを言った瞬間に、あなたの未来は崩れてしまう。)

 

千景は、自分の心を押し殺して、ただ明るく振る舞い続けた。

それが、彼を守るための、最後の戦いだった。

 

そのとき、蓮がふいに、ポケットから小さなメモ帳を取り出した。

 

「そういえば、この前の課題で、ちょっとだけ詩を書いたんですよ。

 変な出来だけど、誰にも見せてなくて。」

 

「えっ、詩? 朝倉さんが?」

 

「うん。意外ですか?」

 

「意外です。でも、ちょっと見てみたいです。」

 

「いや、見せない。恥ずかしいし。……でも、いつか、どこかで読んでくれる人がいればいいなって、ちょっと思ったんです。」

 

その言葉を聞いた瞬間、

千景の胸が、きゅっと締めつけられた。

 

(――そうだ。きっと、“いつか”のあなたに届いてほしい。)

 

「じゃあ……約束、しませんか?」

 

「約束?」

 

「今度また、こういう春の日に、私があなたに言葉を贈るって。

 それを、あなたがちゃんと見つけてくれるって。

 ……それだけで、いい。」

 

蓮は少し首を傾げたが、笑ってうなずいた。

 

「……いいですよ。変な約束だけど、嫌いじゃないです。」

 

「ありがとう。」

 

千景はそっと指を差し出した。

 

「指切り……します?」

 

「またそれですか。」

 

「うふふ。好きなんです、こういうの。」

 

蓮も笑って、指を絡めた。

 

小指と小指が、そっと結ばれる。

 

ふたりだけの、小さな約束。

 

千景の瞳の奥に、ほんの少しだけ光るものが浮かんでいた。

でも蓮は、それに気づかなかった。

 

(お願い、どうか――あなたがその言葉を見つける世界が、

 やさしいものでありますように。

 たとえ私の名前も顔も、すべて忘れてしまっていても、

 その言葉だけは、どこかで届きますように。)

 

その願いを胸に、千景はそっと視線を空へ向けた。

 

誰にもわからない涙が、頬を伝うことはなかった。

けれど心は、静かに泣いていた。

 

それでも彼女は、

最後の最後まで、笑っていた。

 

その笑顔が、蓮の記憶には残らなくても、

“安心”という形で、彼の中に灯り続けることを信じて。

 

 

 

 

「さよならを言えない朝に」

 

朝、蓮はゆっくりと目を覚ました。

いつもの天井、いつもの光、いつもの呼吸。

何ひとつ変わらないはずなのに――

 

胸の奥に、何かぽっかりとした空白があった。

 

「……なんだろ。」

 

声に出しても、その理由がわからなかった。

まるで、大切な何かをなくしたような。

いや、最初からなかったものを、間違えて大事にしていたような、そんな奇妙な感覚。

 

カレンダーには特に予定もない。

春の空は今日も明るく、風はやわらかかった。

 

何もないはずの朝。

それなのに、なぜか、何かが終わってしまったような気がする。

 

***

 

その頃。

キャンパスの片隅、人のこない資料館の裏庭に、ひとりの少女が静かに立っていた。

 

高梨千景。

 

――時間軸からの最終離脱30分前。

 

制服姿のまま、彼女は手元のノートにそっとペンを走らせていた。

そこには、たった一言だけ。

 

「また、春に会おうね。」

 

それは、彼に向けた最後の贈り物。

彼が思い出さなくてもいい。

名前を忘れてもいい。

でも、いつかどこかでこの言葉に出会ったとき――“なぜだかわからない涙”がこぼれるように

 

それが、千景の祈りだった。

 

ノートを閉じ、ベンチの下に差し込む。

それは、ごく自然に風に吹かれて落ちたように見える場所。

誰かが拾うかもしれないし、拾わないかもしれない。

それでも、そこに**“思い出の種”を残すこと**が、彼女にとっての最終任務だった。

 

彼女は、最後に一度だけ、空を見上げた。

 

何度この景色を見ただろう。

何度、彼の声を聞いただろう。

何度、指切りを交わしただろう。

 

そのすべてを、彼は忘れてしまう。

それが“ルール”だった。

 

でも――彼の中に、「誰かに守られていた温かさ」だけは、絶対に残ると信じていた。

 

「蓮くん。ごめんね。ほんとうは、もっと一緒にいたかった。」

 

「ずっと傍にいて、あなたの未来を見届けたかった。」

 

「でも、私はもう行かなくちゃいけないの。」

 

「だから――ありがとう。最後まで、笑っていてくれて。」

 

彼女は、言葉に出さなかった想いを、すべて胸の中で呟いた。

 

目尻が濡れる。

でも、誰もいない場所だから、もう隠さなくていい。

 

最後の涙は、

彼の前ではなく、

誰にも見せない場所で流すと決めていた。

 

***

 

正午ちょうど。

 

世界の境界が、すこしだけきしんだ。

 

誰もそれに気づかない。

それは音も光もない、存在の消去だった。

 

その瞬間から、千景という人物は、

この世界のどこにも「いなかったこと」になった。

 

学生名簿からも、ゼミの写真からも、出席簿からも、講義の記録からも。

そして、何より――

 

蓮の記憶からも。

 

名前も、顔も、声も、すべてが霧のように消えていった。

 

***

 

午後、蓮は中庭を歩いていた。

 

風がやさしく吹いている。

でも、何かが“足りない”ような気がする。

 

目の端に、なにか引っかかるように視線が動いた。

ベンチの下、紙切れのようなものが見える。

 

蓮はしゃがみ込み、それを拾った。

 

古びた文庫本の裏に、誰かの文字で、たった一行だけが書かれていた。

 

「また、春に会おうね。」

 

その言葉を見た瞬間、

心臓の奥が、ぎゅっと絞られるように苦しくなった。

 

「……え?」

 

誰が書いたのか、わからない。

でも、なぜだろう。

この言葉を見た瞬間、

涙が、あふれそうになった。

 

蓮は、そっとそれを胸ポケットにしまった。

 

理由なんて、いらなかった。

ただ、なぜだか――

 

「……また、春に。」

 

声に出したその言葉が、

彼の胸の奥で、静かに灯りをともした。

 

記憶はない。

でも、確かに誰かと、何かを約束していた気がする。

 

それだけが、彼の心に、最後に残された。

 

 

 

春は、少しずつ満ちていた。

 

朝倉蓮は、変わらぬ日々の中にいた。

駅までの道、通い慣れた編集部、

コーヒーを片手に校正に向かう午後――

忙しさに追われながらも、彼の暮らしはどこか整っていた。

 

けれど、時折、理由もなく立ち止まってしまう瞬間があった。

 

街路樹がそよぐ風の音。

踏切の警報が鳴り響く夕暮れ。

ホームのベンチに座る背中の温度。

 

そのどれもが、「誰かと共有していたような気がする」

――けれど、思い出せない。

 

蓮は、それが何なのか、知ることはできなかった。

 

***

 

ある日。

会社帰りにふと足を向けた古書店で、

彼は無意識のうちに、一冊の詩集を手に取っていた。

 

タイトルも、著者名も、読んだ記憶もない。

でも、なぜか、表紙を見たときに**“指先が自然に動いた”**のだった。

 

レジへ運びながら、自分でも首をかしげた。

 

(……なぜ、これを手に取ったんだろう。)

 

答えはない。

でも、なにか――胸の奥にひとすじの線が引かれたような気がした。

 

***

 

その夜、部屋でページをめくる。

 

詩のひとつひとつに、どこか既視感のようなものがあった。

けれど、それは「読んだことがある」という感覚ではなく――

 

“誰かが、これを読んでいてほしかった気がする”、という

説明のつかない感情だった。

 

最後のページに、小さな付箋が貼られていた。

もともとの読者が残したのか、それとも偶然か。

 

そこには、ただ一行。

 

「春は、きっとまた来るよ。」

 

蓮はその言葉を、何度も目でなぞった。

 

思い出せない。

でも、なぜか――涙が滲んだ。

 

喉の奥が詰まり、胸がきゅっと絞られる。

心が、過去から届いた何かに、静かに触れているようだった。

 

彼はそっと本を閉じた。

それ以上読むことはできなかった。

 

***

 

それから数日。

蓮は、日常の中でふと気づいたことがあった。

 

街の中で、春の風を感じたとき。

誰かとすれ違ったとき。

自動販売機の前で立ち止まったとき。

 

なぜか、自分の小指が――無意識に、もう一方の小指を探している

 

子どもの頃の癖?

それとも、ただの気のせい?

 

でも、その瞬間だけ、

胸の中に、やさしくて温かいものが広がる気がした。

 

誰かと、何かを約束したような気がして。

その約束が、今も生きているような気がして。

 

***

 

春は、巡る。

思い出せなくても、感情だけが、確かにそこにある。

 

それは記憶じゃない。

形には残らない。

でも、誰かが自分のために笑っていてくれた記憶

 

言葉にならないやさしさが、

蓮の中に、いつまでも静かに灯り続けていた。

 

そして――

その“灯り”を、遠い空の彼方から、

そっと見守る存在があることを、蓮は知らない。

 

彼女はもう、どこにもいない。

名前もない。記録もない。声も届かない。

 

でも、蓮が春の中でふと立ち止まるその瞬間ごとに――

 

彼女の想いは、たしかに、

この世界に残っている。

 

 

朝倉蓮は、その日、

仕事で取材に訪れた小さな町で、何気なく寄り道をした。

 

住宅街の外れ、古い公園。

遊具のペンキは少し剥がれていて、ベンチの木目もところどころ風化していた。

 

でも、どこか――懐かしい気がした。

 

初めて来たはずの場所なのに、

この風の匂いも、陽の射し方も、どこか“知っている”と感じさせた。

 

ふと、公園の片隅に、無人の小さな展示ブースのようなスペースが目に入った。

詩や俳句を展示する町の企画のようだった。

手書きの紙が何枚もガラス越しに貼られていて、そのひとつに自然と目がとまる。

 

 「また、春に会おうね」

 

その瞬間、風が吹いた。

まるで、彼の頬をそっと撫でるように。

 

蓮は足を止めた。

心が、ぎゅっと絞られる。

 

どこかで見た気がする。

どこで? 誰と?

何を、交わした?

 

……思い出せない。

 

けれど、なぜか涙が出そうになった。

 

その言葉の前で立ち尽くしていると、

隣に、小さな女の子がやってきた。

手にはラベンダー色の風車を持っている。

 

「お兄さん、それ、すき?」

 

女の子が、無邪気に聞いてきた。

 

蓮は戸惑いながらも、うなずく。

 

「……うん。なんか、いい言葉だと思う。」

 

「それ、わたしのおばあちゃんが、むかし書いたやつなんだって。」

 

「……そうなんだ。」

 

「でもね、おばあちゃん、もうどこにもいないの。

 でも、うちの人たちはね、『あの人は“風”になった』って言うの。」

 

女の子はそう言って、くるくると風車を回した。

 

風がまた吹いた。

 

ラベンダーの香りが、ふわりと漂った気がした。

 

蓮は、女の子に礼を言い、ベンチにそっと腰を下ろす。

 

見上げた空は、

何も語らないくせに、

やけに優しくて――

 

気づけば、彼の小指が、

もう一方の小指にそっと触れていた。

 

指切り。

それが、なにか意味を持っていたことなど、もう覚えていない。

 

けれど、その仕草がなぜか、とても安心することだけは知っている。

 

風がまた吹いた。

 

ふと、胸ポケットに手を入れると、

以前拾った、あの古い詩集が入っていた。

なぜか、今日はそれを持ち歩いていた。

 

何度目かもわからないくらい読んだラストページ。

 

 「また、春に会おうね」

 

読んでいると、涙が一粒だけ、こぼれた。

 

その意味はわからない。

でも、きっとそれでいいのだと思った。

 

***

 

どこにもいない。

けれど、どこかに、いる。

 

千景はもう、この世界に存在していない。

名前も、記憶も、誰の中にも残っていない。

 

それでも――

 

彼女の願いだけが、ちゃんと届いていた。

 

「また、春に会おうね。」

 

そう言った彼女の最後の願いは、

彼の未来の中で、

“静かに果たされた”。

 

音もなく。

涙のように。

やさしい風のように。

 

そしてまた、新しい春が始まる。

 


【完】

カテゴリ:小説  [コメント:0]

コメントフォーム

名前

メールアドレス

URL

コメント

トラックバックURL: 
サイト内検索
カテゴリー
人気記事
プロフィール

ハンドルネーム:童心かえる

80年代に生まれた男。

主に90年代、2000年代の平成レトロな懐かしいものを、まとめて紹介していきます。

ページの先頭へ